松山地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決
原告 白井繁太郎
被告 松山市長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十三年一月二十七日原告所有の松山市末広町二丁目四十七番地の三の宅地に対して為した換地予定地指定は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として請求の趣旨記載の宅地三十三坪は原告の所有であつて原告は五十年以前から右宅地上に店舖を構えて唐津物商を営んできた者であるが同所は松山市庁、愛媛県庁などに通じる街道である松山市末広町に面し又伊予鉄道松山市駅に近く商店街湊町通りからも眺められる営業上好適の位置にある。而して右宅地は伊予鉄道株式会社(以下単に伊予鉄と略称する)が垂涎おく能はざるところであり曽て同会社より売渡方或はその前社長井上要住宅庭園跡の土地との交換方の交渉があつたが原告は右宅地は生活の唯一の根源であるためこれを峻拒した。然るに被告は昭和二十三年一月二十七日原告に対し松山市特別都市計画事業上の土地区画整理の為右土地の換地予定地として前記井上要の住宅庭園跡地を指定(飛換地の指定)しその旨の通知を受けた。
しかし被告のした右換地予定地の指定は次の理由により無効である。すなわち
(一) 都市計画法第十二条において準用せられる耕地整理法第三十条第一項によれば「換地ハ従前ノ土地ノ地目地積等位等ヲ標準トシテ之ヲ交付スベシ」と定められている。従つて苟も従前の土地を標準とする以上は公共の用に収用せられる場合を除いては現地に即して為さるべきであるからでき得れば現地そのものを与えることが現地標準の意に最も協うものであり、若しそれができなければそれに最も近似する土地を与えなければならない。
ところが従前の土地が前記のような営業上好適の位置にあるのに反しその換地予定地は通行人も稀な寂然としたところであつて物品販売業には価値の少ない場所にある。従つて商業上の経営より見るときは従前の土地とは比較にならぬ劣位にあるものである。而してこのことは前記都市計画法第十二条において準用せられる耕地整理法第三十条に違反する処分であるのみならず、これは明らかに原告の財産権を侵害するものとして憲法第二十九条に違反する。
(二) 前記の如く従前の土地に比し商業の全く利かないところに予定換地を指定することは農家にたとえれば一町歩の耕地中七、八反歩を永久に取上げるのに等しく、原告の如き小売商人はその有する宅地に店舖兼住宅として営業するものであつてその所有地は生活上の全財源であり又根拠地である。然るに被告の本件換地指定は原告の右営業権を奪いその収入の通を絶ちその生存権を奪うものでこれらの点において本件指定は何人も法律の定める手続によらなければその生命、若しくは自由を奪はれないとする憲法第三十一条に違反し又すべて国民の生存権を保障した憲法第二十五条に違反するものである。
(三) 本件土地区画整理の実施前に前記伊予鉄の所有していた土地は伊予鉄の敷地と本件換地の界隈地とを合せて八百五十七坪三合二勺であつたのが伊予鉄の換地予定地は六百四十五坪八合七勺になつたところが右八百六十七坪余のうち本件の換地予定地の界隈の面積は三百六十四坪六合五勺であつたから右八百六十七坪三合二勺から三百六十四坪六合五勺を差引いたものすなわち五百二坪六合七勺が元伊予鉄の敷地ということになる。同一所有者が方々に土地を持つていても各現地につき一率に二割五分を没収して各地七割五分を与えるべきであるのに伊予鉄に対してはその敷地五百二坪六合七勺に対し六百四十五坪八合七勺を与えたことになるわけである。このことは伊予鉄が自分も原告も共に忌み嫌う本件換地予定地界隈全部を伊予鉄敷地との合計の二割五分として提供し為に原告、伊予鉄共に欲する伊予鉄敷地一帯を原告等の犠牲において不法に獲得したことになる。
言葉をかえると原告は自己も伊予鉄も共に欲する土地を全部提供して両者共に欲しない土地を得、伊予鉄はその反対に両者共に欲しない土地全部を提供して共に欲する土地を得たことになるのである。このことはすべて国民は法の下に平等であることを保障した憲法第十四条に違反し又伊予鉄ひとりの為原告の財産権を犠牲に供しようとするものでこの点において憲法第二十九条に違反するのみならず公務員は全体の奉仕者であるべきに拘らず一部の者すなわち伊予鉄の為に奉仕したものでありこの点において憲法第十五条第二項に違反する。更に無力なる原告に対し最大の軽侮をしたものであつてこの点において憲法第十三条に違反するものである。
(四) すべて行政の生命は公平にあり土地区画整理も又固よりのことである、従つて不公平は暴政の最たるもので不公平は憲法前文に言う専制と隷従、圧迫と偏狭を招来するものでこれを地上から永遠に除去することが戦争の惨禍を防止する所以である。然るに被告のした本件指定は憲法前文において確保確認する「自由のもたらす恵沢」「恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利」を剥奪したものである。
以上の如く本件換地予定地指定処分は数々の憲法違反の点があるから憲法第九十八条第一項により当然無効である。
よつて原告は被告のした前記換地予定地の指定の無効であることの確認を求める為本訴請求に及んだと陳述した。(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め答弁として原告が松山市末広町二丁目四十七番地の三宅地三十三坪を所有していたこと及び被告が原告主張の日その主張の如く松山市特別都市計画事業上の土地区画整理の為右宅地の換地予定地の指定(飛換地の指定)処分をしたことはこれを認めるがその処分が原告主張の如く違法であるとの点は否認する。
本件宅地のあるブロツクの土地区画整理前の状況は別紙第一図面記載の通りであつて末広町街路計画を二十五メートルに拡張したためその宅地の大部分を道路敷に取られたものである。而して、その宅地の裏にはこれに接着して伊予鉄道株式会社の貨車引込線が敷設されてあるため原告主張の如く現地換地ができないので原告だけでなくその隣の四十七番地の二(所有者別府真雄)四十九番地(所有者近本長太郎)の三人を一団として別紙第二図面記載の通り原告主張の如く同一地区に飛換地したものである。而して原告を除く右二名は異議なく飛換地に居を移したが原告だけは市駅附近で営業がしたいとの申出があり当時同駅前中央マーケツトが開設せられることになつていたのでその東端一戸を原告に斡旋したところ原告も納得し昭和二十三年十月頃より同マーケツトで営業を開始し今日にいたつたもので換地指定当時は何等不服はなかつたものである。もとより換地は都市計画法第十二条において準用せられる耕地整理法第三十条により従前の土地の地目、地積、等位等を標準としてこれを交付することはいうまでもないところであるが本件の如く現地換地のできない結果を生ずる従前の土地と換地先との地目、地積、等位等の差は金銭を以て清算する途がひらかれているので決して原告に不測の損害を蒙らしめるものではない。
よつて原告の請求は理由がないから棄却せらるべきであると述べた。(証拠省略)
三、理 由
松山市末広町二丁目四十七番地の三宅地三十三坪が原告の所有であつたこと、被告が昭和二十三年一月二十七日松山市特別都市計画事業として土地区画整理の必要上原告に対し右宅地の換地予定地として原告主張の土地を指定(飛換地の指定)をしたことは当事者間に争いない。
而して成立に争いのない甲第三号証、第四号証及び第七号証によれば原告が前記四十七番地の三において古くから唐津物商を営んでいたこと、同所が原告主張のような位置にあつて右営業上好適の場所であつたこと、及び被告が右宅地の換地予定地として指定(飛換地の指定)した土地が原告主張のような通行人も稀で営業上価値の少ない場所に位置していること、従つて従前の土地とその換地予定地とを営業上の見地から比較するときは後者の方がはるかに劣位にあることがうかがわれる。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。原告は被告の右のような換地予定地の指定は都市計画法において準用せられる耕地整理法第三十条に違反するのみならず憲法第二十九条、第三十一条第二十五条、第十五条第二項、第十三条又は憲法前文に違反する無効の処分であると主張するけれども前記耕地整理法第三十条に違反するとの点はともかく憲法に違反するとの点についてはその内容は要するに本件換地予定地の指定は前記都市計画法によつて準用せられる耕地整理法第三十条の適用に当つてその裁量を誤つた違法の処分であるというに帰するものであつて実質においては憲法違反の問題ではない。けだしもともと処分は一部重要な国務に関するものを除いてはそれが行政処分であると、司法処分であるとを問はず直接憲法に準拠して行われることはなく、法律又は命令に準拠して行われるものであるからこれら法律又は命令に準拠する処分はその法律又は命令自体が憲法に違反するとの主張の存する場合は格別さもない限りその処分の効力はその準拠法たる法律又は命令に違反するかどうかを判断すれば足りるのであつて、更に進んで右処分が憲法に違反するかどうかの判断を要するものではない。
本件において原告は前記耕地整理法第三十条など本件指定処分の準拠法規が憲法に違反するものであると主張するのではないから本件においては要するに被告が右耕地整理法第三十条に準拠して行つた換地の指定が違法であるかどうか、もしそれが違法であるとしてもその違法は右指定処分を無効にならしめるほどのものかどうかを判断すれば足りるものというべきである。
而して土地区画整理においてはでき得れば現地換地をすることが前記耕地整理法第三十条の趣旨に合致するゆえんでもあり又これを受ける者の意に協うところであるからこれが最も望ましいところであるけれども換地処分は一種の物的公用負担であり、性質上公用収用または公用制限と一脈相通ずるものであることなどを考えると、区画整理の施行上現地換地をするだけの余地のない場合その他これを困難ならしめる特殊な事情がある場合には現地換地の方法によらず従前の土地の地目、地積、等位等を標準として飛換地の指定をすることも必ずしも違法ではないと解する。
かかる観点から本件についてこれを考えて見ると、成立に争いのない甲第二号証、第四号証及び第六号証によれば被告施行の本件土地区画整理においては元原告が所有していた前記末広町の道路幅を二十五米に拡張することになつた為原告の所有地の大部分はその道路敷になる上にその裏側(西側)はこれに接着して伊予鉄の鉄道用地となつていたので現地換地をするだけの余地はなく、為に已むを得ず特に当時換地予定地附近を歓楽街にする予定であつたこと等を勘案して原告所有地だけでなくその隣地末広町二丁目四十七番地の二同所四十九番地の各土地もともにこれを一団として原告と同じ地区である本件換地予定地に飛換地の指定をしたことが認められる。そうすると本件換地予定地の指定には前に説示した意味における特殊事情があつたものというべく、従つて必ずしも違法の処分ということはできないからそれが当然無効であるとする原告の請求は理由のないものとして棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 瓦谷末雄 秋山正雄)
(図面省略)